私の人生を生きるために

50代になり、毒親育ちだったと気づいた人のブログ

一番可哀想なのは、あの時の私だ

ブログを書くようになってから、昔のことを思い出すようになった。
はじめは時系列に書こうと思っていたが、思い出すのは強烈な順番だ。

今、私が一番可哀想だと思うのは、何度か既に書いているが、大学卒業のころの私だ。
失恋させられた、引き裂かれた私である。

母は、私の育て方を間違えたと言い、私の前で泣いた。私は寝起きざまに、母に顔面を殴られた。
母は私を軟禁した。アバズレと言った。貶した。なじった。
この世の終わりのような、大騒ぎを繰り広げた。

私は罪悪感に打ちのめされた。
母が介入したことで彼との仲は終わったが、就職を控えて、母に知られていなくても、別れることになっていたかもしれない。そのくらい微妙な時期だった。彼は遠い故郷へ帰り、就職するところだったからである。

私は彼を失うかもしれないという時期に、母に強制的に引き裂かれたのである。

失恋の痛手だけでも辛いはずなのに、なぜか犯罪者、裏切り者扱いで、家の中でもけなされ、罪悪感にも苛まれる。

母は、親に隠れて…とか、裏切った…などと言ったが、一般的に娘に彼がいて、まだ親には紹介する前の段階、というのは、親への裏切りなんだろうか?
彼と親は、同じ座標にいる存在ではない。
彼と付き合うことは、親を裏切ることではない。
その時激しくそう思ったが、おそろしくて言えなかった。
ただただ、罪悪感だけが残った。
私は悪い子だ。
なぜか?それは、母があんなに私を責めるから。だから、きっと私は悪い子だ。

思考停止。

そのまま何十年も経った。

そして、今、ブログを書きはじめたことにより、あの頃のことを一番たくさん思い出してしまい、
あの頃、失恋の辛さも押し込めて、母に従わざるを得なかった若い自分が可哀想で仕方がない。

涙が出てくる。

あの頃の私、好きだった彼を失った私。
社会に出たけど、心の中は真っ暗だった私。
悪い子だと思いこまされ、自分を責めていた私。
これから先、どのように過ごせばいいのか途方に暮れていた私。

家を出たかったのに、そんな能力もなかった。それどころか、厳しい監視の中で社会人生活が始まり、残業さえ、悪いことをして帰宅が遅いのではないかと母に疑われた。

あの頃の、母に怯えきって、失恋の痛手も噛みしめる余裕のなかった自分に逢えたなら
「あなたは何も悪くない。あなたの親は毒親なのだ。早く逃げなさい。」
と言って、抱きしめてあげたい。
私に必要だったのは、束縛ではなく、大きく私を包み込む愛情だったのだ。





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