私の人生を生きるために

50代になり、毒親育ちだったと気づいた人のブログ

では、母は父を愛していたのか?

夫婦のことは、たとえ子供でもわからない。
当事者にしか、わからない。
(いや、ひょっとすると、本人たちもわかってないんじゃないかと思う。)
この「諦めの法則」を 私は社会人になってから、ようやく「発見」した。

それまではぼんやりと、「仲の悪い両親もいつかは仲良くなるんじゃないか?」と淡い希望をもっていたが、それは無理だと悟ったのだ。そして諦めた。

妹にこのことを説いた時、妹が「じゃあこれからずっとこのままなの?」と私に尋ねた可哀想な表情が今でも忘れられない。

前回の記事で書いたが、母は度々(子どもが成人してからも…もしかすると現在も)、父の浮気を疑った。
父は、ブサイクである。あんなおっさんが誰かにモテるわけがないと思うが、事の真相は父にしかわからない。事の真相なんてどうでもよいのだが、とにかく、度々、父の浮気を疑った母は、発狂し、家の中はその度にすさんだ。


以下、盗み聞き(わめき散らしているからご近所も知っていると思うが)の内容であるが、
例えば、こんなことがあった。私が社会人になってからのことである。
ある時父が出張に行った。その出張に浮気が伴っているのではないかと、母が疑った…父にやましいことがあったのかなかったのかわからない
とにかく、母は疑った…なにしろ、家の権力は全て母に集中するわが家である。この時の母は警視総監か何かである。
取り調べは、蟹工船小林多喜二並みの厳しさ(に見えた)。
容疑者(父)の現地でのアリバイ崩しのために、出張中に立ち寄ったお店に、容疑者自ら電話をさせ、「あの時、私は1人でおたくの店に行きましたよね?」という質問(間が抜けている)を、地方の営業中の本屋、レストラン…などなど、どこだかわからないがいろいろなところに電話するのである(あちらの迷惑顧みず)。
この事件は、私が結婚する前の年くらいの出来事である。両親50代…今の私くらいか…(改めて呆れた)。

そして、この事件の時、母は父の人間関係を全て壊した。父の(数少ない)友人も仕事の知り合いも、全てに父の悪口を振りまき、父を「世間的に葬った」(母がこう表現した)。

そして、私にはしみじみとこうつぶやいた。
「お父さんが自殺してくれたらいいのに。」
「本当は離婚したらいいけど、そうしたら、あんたたちに迷惑がかかるでしょ。」
「女には経済力がないから。」

ああ、可哀想なお母さんは、私たち子供のために、離婚したくても離婚できないんだ。
私たちのことを第一に考えて、耐えてくれているんだ。

そう思ってしまった。
その後も離婚しなかったことに度々感謝した。だって孫が遊びに行けるから…


ちがうな…


妹は、発狂する母を見て、私によくこう言った。
「お母さんて、(意外だけど)よっぽどお父さんのことが好きだったんだね」

私もそう思い、そこに救いを求めた。
この母の尋常ではない発狂は、「父に対する愛情」から出たものなんだ。
母は父を愛しているのだ。
そう思うことで、私の心の中で、異常な発狂をする母の実態に目をつぶり、無理やり納得しようとした。




…しかし、違う。
母は父を愛してなんかいない。

母は、自分のプライドを保つために、父を攻め、
世間的に葬るまで、怪我をさせるまで、父を攻め続けただけだ。
すべては、自分のプライドのためだ。

私が、自分の力で何かを始めると、一見ごもっともな理由をつけて悉く潰しにかかってくるのと同じだ。


自分の把握しない世界で誰かと楽しげに過ごす父(母の妄想であっても)。
自分の把握しない世界で何かを楽しそうに始める娘。

母は、自分が把握できない「家族の楽しみ」が許せないのだ。
母のプライドが許さないのだ。

結局、母が愛しているのは自分自身なのだ。他の者は、母に服従すべきなのだ。


母のエベレスト級に高いプライドは、実は、母のコンプレックスの裏返しなのではないか?と最近になって思う。

家族が自分を越えるのは許せない。
しかし、よく考えると、母にあるのはプライドだけで、中味がないのである。
だから、母がわからないことは、すべて潰す。
今も昔も、これだ。



母はどんな人格なんだろう。
なぜ、こんなに、付き合いにくい人なんだろう。
なぜ、こごまで、極端なんだろう。




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