私の人生を生きるために

50代になり、毒親育ちだったと気づいた人のブログ

2017-05-26から1日間の記事一覧

鈴木先生

一年生の先生は、年配の男性の鈴木先生。 優しい先生だったことしか記憶にない。 母は、鈴木先生との面談で、わが子が長ずると優秀になると言われたと言って相当喜んでいた。 このセリフは、このあと何年も繰り返し引用され、母の自慢の一つとなった。 毒親…

ピカピカの小学生

おねしょは止まらなかったが、小学生になる日が近づいてきた。風邪をひいて家で寝込んでいた私に、母はどこからか、ピカピカの真っ赤なランドセルを買ってきてくれた。叔父からは、犬のデザインの文具セットをもらい、とても嬉しかった。 小学生になり、通学…

弟が生まれた

5歳になる直前、弟が生まれた。 わが家待望の男の子である。 不思議な生き物を、私と妹は珍しく見ていた。 この頃から、わたしはすでに「お姉ちゃんなんだから」と言われ、自覚していた記憶がある。 おねしょが止まらなかった。 妹は、両親の気をひくために…

幼稚園の思い出 3 〜 ともこちゃんの思い出

今考えると、幼稚園時代の私はチビで、ものすごく人見知りの引っ込み思案だった。 近所に住む大柄のともこちゃんは優しくてお姉さんのような存在だった。 6人で座る大テーブルの左隣はともこちゃん、右隣は空席、前には男の子が3人座っていた。 年長さんのあ…

幼稚園の思い出 2 〜 太い閂

幼稚園に着いても泣いていた。原因は思い出せない、というより、そんなものはなかったのかもしれない。 園の入り口の重い扉が閉ざされ、太い閂が左右の扉を貫いて重くかけられていた。 「これを持ち上げられるなら、帰っても良い」と若い先生が言う。 うそだ…

幼稚園の思い出 1 〜 行きたがらない子

幼稚園に行きたがらない子だった。 家から園バスが来る火の見やぐらの下までの数分の道を、母とヨチヨチ歩きの妹に送られて行く。 幼稚園のお友達が4人くらい、同じ火の見やぐらの下からバスに乗る。 初日は、M子ちゃんと私が泣いた。 そのあとは、私だけが…

自分自身のこと

50代女性、既婚、成人子供が2人 首都圏暮らし。 両親2人暮し、妹家族、弟家族、それぞれ首都圏に住む。 50代に入り、自分が毒親育ちであることに気づき、いまだに実母からの毒に悶々としている。 毒親には、自分が辛い思いをしてきたことを伝えたほうが良…

初めの記憶

初めの記憶は3歳になる少し前である。 夜中に母親に起こされ、父の運転するスバルの後部座席に寝かされた。後部座席がとてもせまかったのを覚えている。 母はどこかで車を降りた。 次の日だったか、昼間、病院に行くと、寝ている母の白いベッドの傍に小さな…